左足に乗った他人の人生

帰りの東海道線にて起こった、ちょっとした出来事。

電車はかなり混み合っていて、私も立ちながらぎゅぅぎゅぅ状態でした。そして電車がどこかの駅に到着し、周りの人たちが少しずつドアへ歩いていきます。私は周りの人に道を譲りつつ、目の前に空いた座席に身体を滑らせようとしました。

その時、私の横にいたおじさんが突然、ゆらぁりと、身体を倒していきました。

(ん? 体勢を崩しちゃったのかな?)と思ったのですが、おじさんは身体の支えを失いながら、終いには仰向けに倒れてしまいました。私の革靴を枕にしながら。たまたまおじさんが倒れたところに、私の左足があったのです。


「おい、やばいな」
「うん、駅員さんを呼ばないと!」
「おーい!」
「大丈夫かよ、おい」

ざわめく周囲の乗客。



でもその中で一番慌てていたのは、おそらく私である。何せ左足の甲に、気を失った(と思われる)おじさんの頭が乗っかっているのである。

(…脳出血とかだったらどうしよう…)

頭に浮かぶのは「課長島耕作」に登場する大泉社長。典子ママの目の前でいきなり倒れ、ヨダレを垂らしながら高いびきを始めた大泉社長を見て典子ママは「脳梗塞だわっ!」とうろたえるシーンがあるのです。大泉社長は命は取り留めるものの、半身不随になって社長を引退することになります。

見たところおじさんはいびきをかいていませんが、突然倒れた以上脳出血を疑うのは的外れでは無いはず。


すなわち、私の左足の甲を少しでも動かせば、このおじさんの命を奪ってしまう可能性がある。

(…絶対に動かすなよ!絶対に動くなよ、俺の左足!!)と心の中で叫びつつ、(…でもどうしよう、これからどうなるんだ…)などと混乱してました。



…が、幸いなことに私の左足を枕にしてから5秒もしたら、おじさんは眠りから覚めるように目を開けて「あぁ、すいません」と言って電車を降りていきました。ほっとしたけど、ありゃあなんだったんだ。



それにしてもほんのわずかな時間しか倒れていなかったのに、おじさんが電車を降りるときには既に駅員さんが「どうしましたっ!」と駆けつけているのを見て感心しました。対応早いなぁ。