大正野球娘。

大正野球娘。 (トクマ・ノベルズedge)

大正野球娘。 (トクマ・ノベルズedge)

大正時代を舞台に、お嬢様の女学生達が野球をするというお話し。

「一緒に野球をしていただきたいの。」
「野球? 男の子がやってる?」
「そう。男子がすなるという、あれ」

全編に渡って在りし日の日本の魅力が描かれていて、読んでて不思議な気持ちになります。


例えば2巻の帯にも書かれていた「おジャンでございます。」という言葉。

「おジャンでございます!」
最後の授業が終わると、級長の宗谷雪が声をかけた。教室内で拍手が起こる。「おジャン」というのは、もともと学習院での言葉で、授業が終わったときに鐘が鳴るのでそう言ったらしい。最近はどこの学校でもすっかり流行って、授業が終わると「おジャン」と言って拍手するようになっていた。

いいですね、「おジャンでございます!」という言葉。現在の「おじゃんになる」の用法と比べると、どこか丁寧でお嬢様っぽい。



それから主人公の小梅は洋食屋の娘です。

洋食屋。大正時代は和食が普通で、洋食はいささか贅沢な食べ物。庶民の手に届かないわけじゃないけど、「せっかくの休日だから洋食を食べに行こうか」という感覚です。

そうなんだよな、以前は「洋食」ってもう少し特別な言葉でした。私が小学生の頃はドラえもんの劇中において、のび太がステーキを見て「ママどうしたの?このごちそう!!」と喜ぶ時代でした。

それと比べると今は欧米の食生活が日本化されていて、どれも日本の食べ物なんですよね。アニメ「エヴァンゲリオン」においては、アスカが「わーいステーキだーって喜ぶと思ってんのかね。これだからファーストインパクト世代は」と言ってますからね。ステーキの地位も落ちたもんです。ましてや「洋食」なんて。

でも在りし日は「洋食」って、もっと心踊る存在でしたね。少なくとも私が子供の頃は、まだそういう空気が残っていたような気がします。

・・・なんてことを、劇中の「洋食のオムライス」を食べるシーンを読みながら思い出しました。そう、オムライスも洋食ですよね。すっかり普通の日本の食べ物ってイメージがあるけれど。

そしてオムライスが食べたくなったので、デニーズで「ふんわり卵のオムライス」を注文したら、少しだけ大正時代の味がしました。我ながら単純な舌ですが、「オムライス」ではなく、「洋食のオムライス」をイメージして食べると、味が変わった気がするのですよ。美味し。




恋愛描写も、奥ゆかしくて、遠慮がちで、こそばゆい。

主人公の小梅が許嫁の三郎と一緒に歩くシーン。

 三郎が、黙って右手を差し出した。けれどもその手に掴まるなんてとてもできなくて、小梅は思わず自分の背中に両手を隠す。
 三郎は苦笑して、ポケットの中から白いハンカチを取り出して、その一方の端を自分で握り、片方の端を小梅に差し出した。
「離れて歩いては危ないですからね。お嬢さん」
 小梅は、差し出されたハンカチの端を左手で握ると、三郎の隣に立った。

きゅんきゅんします。もうわたしゃいい年したオッサンなのに、こういうのに弱いあたりどうなのよ。



「ハンカチを使った告白」も描かれていました。

 人を好きになるというのは男も女もかわらずあるし、ひと目ぼれということもある。が、男からならともかく、女から告白するなどということは絶対にありえない。
 そこで考えられたのが、「気にいった男性の前でハンカチを落とす」という方法だ。「お嬢さん、ハンカチを落としましたよ」と声をかけてもらってからランデヴーに持ち込むという寸法だ。ハンカチを偶然落とすということはまずないということで、女学生には絶賛されている。

ら・・・ランデヴー。そこはかとないダサい響きが素晴らしすぎる。劇中では何度もランデヴーという表現が登場します。

「では、野球で勝負というのはどうでしょう? もしこちらが勝ったら、一度高原とランデヴーしていただくというのは?」

「ところで、僕とのランデヴーの件は、しっかり考えていてくれている?」
 断られるわけがない、という口調に小梅は思わずかちんときた。

現代における「デート」のニュアンスなんだろうけど、それを使わずに代わりに「ランデヴー」という言葉を、しかも特に解説を付けないあたりが上手いですよね。「ランデヴー」・・・。なんてダサくて、恥ずかしい言葉なんだろう。そして、そこが良い。「ランデヴー」・・・。



他にも書ききれないほどの「大正という世の面白さ」が詰まっています。それは懐かしさであったり、微笑ましさであったり、可笑しさであったり。

在りし日の日本を夢想しながら楽しめる一品です。

1巻ではお話しが終わらず、2巻に続きます。




しかし挿絵を小池定路が書くと、「終末の過ごし方」とか「フォークソング」などと同じような不思議な空気を纏うような気がします。たぶんライターは全部違う人なんだろうけど、なーんとなく雰囲気が似る気がするのが不思議。