猫の悲しいお話し

ようやくインターンも終わり、湘南台に帰って少し休養を取ったので、この間のノラ猫のお話しをしようと思う。

(ノラ猫の死について書かれているので、読みたくない人は読まないようにお願いします)


先週の土曜日。次の日から会社のインターンが始まり、私も講師として様々な準備作業に追われていました。講師としての準備の他には、授業を運営するための電源やLAN設備、プリンタやスキャナなどあらゆる準備をする必要があり、他に任せられる人もいなかったので私がわたわたと動いておりました。


それも大半終わり、夕ご飯を食べようと思って車に乗り込み、エンジンを掛けた瞬間、「ふぎゃーーーー!」という猫の叫び声がエンジンルームの中から聞こえ、エンジンも止まりました。私は慌ててエンジンを止めてエンジンルームの中をのぞき込むと、野良猫が挟まっているのが見えました。

残酷なものですが、まず最初に猫の毛色を見て感じたのが「だまじゃない!」とホッとする感情でした。どこぞの漫画にあったとおり、愛情ってのは差別ですよ。

そのノラ猫はしばらくは鳴いていたのですが、ほんの3〜4分もすると静かになりました。既に周りは暗くて、携帯電話のバックライトを頼りに観察していたので、猫がどういう状況になったのか分かりません。

とりあえず、JAFに電話をしました。私の声が少し慌てていたせいで、オペレーターのお兄さんにもその感情が伝播してしまったようで、2人で慌てながら到着時間や必要事項の伝達などを済ませます。

それから1時間、何をすることも出来ずにただひたすら車や近くのコンビニの周りをうろうろとしていました。何をどうすることも出来ず、ただうろうろ。一度だけ車の下をのぞき込むと、猫のおそらく後ろ足がだらんとぶら下がっていて微動だにしていませんでした。だけどどうすることも出来ず、うろうろうろうろ。



1時間と20分後、JAFが到着。エンジンルームを見た時の、作業員の渋い顔。エンジン内のベルトに身体や足が挟まってしまっていて、猫を取り出すのが非常に難しいこと。エンジンベルトを切らないといけないかもしれないこと、などなど。とはいえベルトを切ってしまうと、正規ディーラーからBMW用の部品を調達しなくてはならず、明日にはこの車でインターンに行かなければならないから、何とかならないかとお願いをしました。

そこでJAFの車には必ず装備されているクレーンを使って、車の前部を吊り上げることになりました。車全体を10〜20度くらい傾斜させるわけです。JAFを呼ぶのはこれで5度目ですが、クレーンのお世話になるのは初めてです。

車を吊り上げ、車の下部に付いているカバーを外し、エンジンを露呈させたうえでベルトを緩める作業をしているときに、ノラ猫が目を覚ましました。私はもう死んでいると思っていたので、嬉しさ半分、痛々しさ半分。

その後、苦労してエンジンベルトを外した途端に、何かのつっかえが取れたのでしょう、ノラ猫が外れました。



…ノラ猫がエンジンから逃げ去る時の光景が、眼に焼き付いてしまいました。ノラ猫は下半身を引きずったまま、前足だけでバタバタと走り去ったのです。その光景の異様なこと・・・。

今でも思うのですが、この光景だけは見たくなかった。



JAFの作業員の方からは「業者の方に、車下部のカバーを後で装着してもらうこと、エンジンルーム内には毛が残っている可能性が高いから点検をしてもらうこと」などのアドバイスを貰いました。

猫がエンジン内に入らないために出来ることが無いか聞いたのですが、「車に乗る前にボンネットを軽く叩くか、クラクションを少し鳴らすしか…。それも気休めにしかなりませんが…」という答え。どうにも手だてが無い模様。後に他の人に聞いたら「車を買い換えるしか無いなぁ」とのアドバイス。私のBMWは平成2年納車なので、猫の侵入対策が古いようです。最近の車は侵入できなくなっているそうな。

JAFの方に厚くお礼を言って、帰って貰いました。



さてノラ猫は取り除けましたが、まだ下半身を引きずったまま別の車の下に隠れています。あのまま放って置いたら、確実に死ぬ。なので出来るだけのことはしようと考えました。

まず、私は明日からインターンの講師として一週間は静岡県御殿場市に缶詰になる身。猫を捕まえて病院に入れて治ったとしても、身元引受人が絶対に必要です。ワラにもすがる思いで、後輩すいかジュースさんに電話しました。事情を話し、何とか引き受けてくれるということで、大感謝。

次に救急病院の手配。ネットで調べると藤沢に夜間診療をしてくれる犬猫の救急病院があったので、そこへ電話。これから傷ついた猫を捕獲することを告げると、猫に攻撃されないように注意すること、そっと近づいてバスタオルなどで優しくくるんで刺激しないこと、ダンボールなどに入れてくること、などのアドバイスを受けました。そして最後に、捕獲したら改めて連絡を入れるように、と言われました。

身元引受人と病院の手配が済んだので、いよいよノラ猫の捕獲です。ダンボールとタオルを用意して先ほどノラ猫がいた車の下を見たら、姿が見えない。あの身体では遠くには行けないはずなので、「おーい」と声を出してみると、駐車場奥の茂みからガサガサという音が。

駐車場の奥の茂みというのは、2メートル近い草が生えている場所で、その茂みのさらに30メートル先は森になっています。とても深い茂みになっていて、既に日が暮れて真っ暗になっている状況では手負いの猫と言えど安全に探せるとはとても思えませんでした。

その日は寒くて小雨が降りしきっていたので心配だったのですが、どうしようもなく、夜の捜索は中止しました。救急病院には断りの電話を入れ、後輩すいかジュースさんには経過報告の電話を入れました。そして明日の早朝にもう一回捜索をすると告げると、捜索を手伝ってくれると言ってくれました。有り難い。

自宅に帰るとだまが迎えてくれました。複雑な気持ちで、そのふかふかの身体を撫でながら、眠りにつきました。



朝。その日はインターン初日だったのですが、午後3時までに静岡県御殿場市の研修所に行けば良かったので、頭をフル回転して今日出来ることを整理しました。猫を救い出し、病院に連れて行き、それから研修施設に向かう。ノラ猫に対して出来る限りのことをするけど、仕事に支障は出してはいけない。当たり前の原則を反芻して、家を出ました。

朝7時に後輩すいかジュースさんを車で迎えに行くと、彼氏の後輩もりもりも来てくれました。一緒に捜索を手伝ってくれると言うことで、有り難い。

茂みに到着して、「おーい」と声を掛けたのですが、昨日と違ってガサガサという音もしない。しょうがないので意を決して、茂みの中に入る。どんなに汚れてもいいように、また防御力を上げるために、全身ジャージ姿でした。

程なくノラ猫は見つかりました。小雨は未だに降っていたので、寒さで震えていました。弱っていてとても攻撃できるようには見えなかったので、バスタオルをそっと掛け、ノラ猫を持ち上げました。猫を持ち上げるとき、後ろから肩の下に指を入れて持ち上げると攻撃されにくいことが、だまとの付き合いで分かっていました。だけど、だまと比べると軽いこと軽いこと。だまが重いのか、このノラ猫が軽いのか。

多少の抵抗はされましたが、痛みがあるのか、ほどなく大人しくなりました。たまに抵抗をすることもありましたが、バスタオルの上から動けないように押さえつけるだけで大人しくなりました。

昨夜とは違う、目星を付けていた近くの動物病院に連絡をして連れて行くことに。電話をしても誰も出なかったのですが、その時点で午前8時を回っていて、その動物病院が9時開院だったので、直接連れて行きました。

病院にはすぐに着き、ベルを鳴らすも、誰も出ず。その代わり電話連絡は付いたので、しばらく病院の前で待つことに。ノラ猫はバスタオルの中でぴくっ、ぴくっと痙攣している模様。



8時半には院長先生が到着したので、診てもらう。診断結果は「難しい」とのこと。下半身をつまんでみたのですが全く反応が無いため、下半身の痛覚が無くなっている。つまり下半身への神経が切れてしまっている。おそらく脊椎が折れてしまっているのではないか。脊椎、つまり、背骨です。

下半身の神経がダメになると、尿や糞を自力で出せなくなります。それを手助けし続けるのは相当に困難なこと。などなどなどなど。

とりあえず何とかしてもらえないかと(今になって考えると何とも無茶な要求だと思うけど、その時は混乱していたのでしょう)お願いして、とりあえず点滴をして、入院という措置になりました。

問診票のようなものを頂いたので、必要事項を記入。だけどノラ猫なので、ほとんどの情報は分からない。我ながら何とも無責任なことだ。猫の名前欄も記入に困ったけれど、考える時間も余裕も無かったのでもっともありきたりに「ノラ」と書いた。

緊急連絡先には、後輩すいかジュースさんの携帯番号を書く。私は今日で湘南台を離れるので、代わりのことを後輩すいかジュースさんに託すためだ。我ながら無責任極まりないとは思うけれど、他に取るべき手段が見つからない。



動物病院を出て、とりあえず3人で朝飯をファミレスで取る。どうも途中の車の運転が虚ろだったようで、2人には「事故らないでくださいね?御殿場に行くんですよね?」と心配される。善処する、と答える。

朝食後、2人を家へ送る。別れ際、私の代わりに色々と動いてもらうことになるけれど、何が起こるか分からないので、5万円を握らせる。これだけのお金があれば、何があっても対処出来る…かな?



その後、職場に行ってインターンに必要な荷物を積み込み、御殿場に出発。本当は出発前にエンジンの点検をしたかったのですが、その時間は確保できず。しょうがないので、なるべくゆっくり安全運転で行くことに。湘南台を11時半頃に出発したので、時間的な余裕は十分。研修施設まで下見で行ったときは2時間かかったので、今回も同じはず。15時には間に合う。

厚木インターから東名高速に乗るが、どうも眠気が止まらず。少し車がフラフラしていたので、御殿場の直前にある足柄サービスエリアに寄る。



トイレで用を足していると、動物病院から電話。もし足柄サービスエリアに寄らなかったら、すぐに電話が通じない地域に着く予定だったので、幸運と言えば幸運か。

院長が言うには「レントゲンを撮ってみたが、やはり脊椎が“完全に”“ポッキリと”いってしまっている」とのこと。括弧は特に強調されていました。あとは病院で聞いたときと同じく、尿と便の自力での処理が難しいことを伝え、最後に「安楽死」という単語が出てきました。

しばし考え、「安楽死をお願いします」と伝える。後輩すいかジュースさんと連絡を取って、二日後の火曜日に引き取ってもらうようお願いをし、その時間に安楽死することになりました。

車に戻り、30分ほど、ぼけっとする。外は大雨でした。



その後、研修施設に到着し、準備をし、参加者を迎え、インターンの始まり。頑張って教師面を装着する。その後の一週間は、ほとんど外界からは強制的に隔絶されました。ウィルコムは通じないし、研修所にネット環境は一カ所しかなく、その場所は就寝前の休憩時間くらいしか使えません。

それでも後輩すいかジュースさんとは連絡を取り合い、安楽死の日にはそのまま藤沢市の施設へ運んで、ペット火葬にしてもらうことになりました。一番嫌な作業を引き受けてもらって、感謝しようもありません。本当は遺品として小さい骨か爪を頂こうと思ったのですが、それはどうやら叶わないようなので諦めました。





全体的に無責任な行動だらけだったと思う。あの負傷ではどうにもならず、ノラ猫がエンジンルームから出た時点で放っておけば何の問題も無かったと思うこともある。

だけど、エンジンルームから逃げ出して遠ざかるときの、下半身を丸ごと引きずりながら前足だけで走り去る姿は、とても恐ろしかった。あれを見てしまった以上、もう行動するしかなかった。

行動しなければ、猫の恨みを買うような気がして。

漫画「もっけ」(著:熊倉隆敏)の4巻23話「ジャタイ」にこんな話が載っています。

「こんな話があるの」
「ある村で子供達が蛇 殺して遊んでたの ブツ切りにして 串に刺して」
「そこにたまたま村長さんが通りかかってね−−−」
「村長さん それ見て凄く恐ろしく思ったんだけど」
「この時 蛇に祟られたの 誰だと思う?」
「村長さんだったのよ」

「私達も何にも思わなければ」
「見る事も憑かれる事も無いのかもね」

「静流ちゃん 瑞生ちゃん ご飯だよー」「はーい」

「行こうか」

「お姉ちゃん そりゃ 難しいよ」

「うん」

あの下半身を引きずる猫の姿を見て何とも思わなければ、たぶん猫に祟られることもないんでしょう。でも恐ろしいと感じてしまった以上、何もしなければ祟られる。「祟り」という言葉が非科学的ならば、言い換えられる科学的な言葉などいくらでもあるでしょう。

どうか安らかに眠ることを願うばかりです。

合掌。




最後にこの一連の騒動で掛かったお金のことを書いておきましょう。結構、お金が必要なんですね。

  • JAF:無料(ただしJAF会員でなければ最低1万円から。エンジン内の猫の場合、どれくらいの金額になるか分かりません)
  • エンジン点検:約1000円(ただし今回はたまたま点検した結果、異常が見つからなかったため。何か大量の毛などが残されていた場合、もっとお金がかかったかも)
  • 病院代:18000円(以下、内訳)
    • 初診料:1500円
    • 入院費:2500円
    • 静脈留置:2000円
    • 静脈補液:2000円
    • X線検査:5000円
    • 安楽死処理A:5000円
  • 火葬代:2000円

その他、今回は病院と火葬場に行くのにタクシーを使ってもらったので、それが4000円ほど。総計、25000円ほど掛かりました。何もしなければ1000円で済んだんですけどね。まあこれも供養だと思いましょう…。



どうか猫がエンジンルームにまた入ってきませんように。もう嫌ですよ、こういう不幸な事故は…。

色々とお手伝いをしてくれた後輩すいかジュースさん、後輩もりもり君、ありがとうございました。